Diary

#LGBT(Q)の人です。日常の雑記、写真。

【ネタバレ注意‼】たかが世界の終わり

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gaga.ne.jp

 

 

グザヴィエ・ドラン - Wikipedia

 

私が愛して止まないグザヴィエ・ドラン監督の

 

 

「たかが世界の終わり」

 

 

を3回ほど観た。

 

 

ここから先は私のイメージでの感想なので

 

 

さらっと受け止めて下さい。

 

 

 

 

あらすじ

「もうすぐ死ぬ」と家族に伝えるために、12年ぶりに帰郷する人気劇作家のルイ(ギャスパー・ウリエル)。母のマルティーヌ(ナタリー・バイ)は息子の好きな料理を用意し、幼い頃に別れた兄を覚えていない妹のシュザンヌ(レア・セドゥ)は慣れないオシャレをして待っていた。浮足立つ二人と違って、素っ気なく迎える兄のアントワーヌ(ヴァンサン・カッセル)、彼の妻のカトリーヌ(マリオン・コティヤール)はルイとは初対面だ。オードブルにメインとぎこちない会話が続き、デザートには打ち明けようと決意するルイ。だが、兄の激しい言葉を合図に、それぞれが隠していた思わぬ感情がほとばしる─。」

 

参照URL:

 

filmarks.com

 

 

 

この作品カンヌではイマイチ評判が良くなかったらしいんだけど…

 

 

観ているユーザーの幸福度や家族の在り方によってエンディングの感じ方が大きく変わるんだよね。

 

 

【この先、ネタバレ含みます!】

 

 

 

最後、ルイはこの世を去ってしまうんだけど

 

ルイは当時…

 

 

恐らく恋人はおらず一人だった。

 

 

 

そして余命が迫っている

 

 

 

この時に、何故、家族に会いに行こうとルイが決意したのか

 

 

幼少期のルイはこの家族の長男で

 

 

周りからの期待やプレッシャーを重く感じていた。

 

 

そして、追い打ちをかけるように自身のセクシャルマイノリティに関して

 

イマイチ理解のない家族といることで

 

 

抑圧されてたんだと思う。

 

 

 

だから、思い切って彼は自由に暮らせる都会に出ていったんだと私は思う。

 

 

彼は、人よりも多く物事を感じ取ってしまう

 

言うなれば、統合失調症のような感受性の豊かさと緻密さ繊細さ

 

自閉的で非社交的な男に育ったのはこの家庭に原因がある。

 

彼は、そんな抑圧された環境で育ったが故に

 

芸術関係で成功した。

 

感じたものを上手く表せない家庭の中から

 

飛び出したら表現せざる負えなくなった。

 

 

 

そんな風に家庭を捉えているルイが

 

 

 

全てを失った時

 

 

私は「やっぱり、最後は家族に会いたくなった」んだと思った。

 

 

 

 

五月蠅い兄、生意気で勝気な妹

 

マイペースマイワールドの住人の母親

 

家族の喧騒

 

懐かしい煙草の香りと母親が愛用してる香水の香りが入り混じるあの家に

 

純粋に帰りたくなったんだと思った。

 

 

この作品が動き出すきっかけは

 

「もうすぐ死ぬ」

 

と言う出来事にルイが直面した事によって動き出す。

 

 

 

でも、その事実は――――

 

 

本当はそれはどうでも良くて

 

覆せない「死」が迫っている時に

 

最後に自分が何処にいたいのか―――

 

 

 

と言う事をドランなりに描いているのかなと感じた。

 

 

 

この作品は、今までの彼の作品のように

 

単純な作品ではない。

 

 

私自身も、何回も観て噛み締めて

 

 

尚且つその時の私の幸福度によって

 

バッドエンドにもハッピーエンドにも観える作品なんだよね。

 

私も、今、色々な経験を経て観たからこそ

 

このように感じた訳で…

 

もっと若い時に観ていたら

 

今とは違う見方をしていたと思う。

 

 

本当にカンヌ映画祭では酷評を受けたこの作品だけど

 

カンヌ映画祭での評価なんてどうでも良いの。

 

 

 

観た私自身の心を激しく揺るがせたこの作品に

 

 

私は盛大な拍手を送りたい。

 

 

ドランくん、私よりまだ幼いのに

 

もう、こんなに成熟しきった作品を産み出せるのか…

 

本当に彼はこんなに繊細で感受性が豊かで

 

よくここまで生きて来たなと思う。

 

時に繊細さは山のような大衆の心も動かすとはよく言ったもんだ。